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東京地方裁判所 平成9年(特わ)4140号 判決

主文

被告人Aを懲役四年六か月に、被告人Bを懲役三年にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人Aに対し一五〇日を、被告人Bに対し二〇〇日をそれぞれその刑に算入する。

訴訟費用は被告人両名に負担させない。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人Aは、Cと同棲中であったが、Cと同棲したこともあるDと、CがDとの交際を断わって被告人Aとの同棲を再開したことやDとCとの同棲関係解消に絡む金銭関係を巡って暴力沙汰を伴う対立関係にあった。被告人Aは、横浜のカジノバーで遊んだ後、タクシーでCらと帰宅した平成九年七月一三日午前二時九分ころ、東京都荒川区東日暮里〈番地略〉ピュアパレス〈部屋番号略〉の自室の消したはずの明かりが点いているのを不審に思い、Dが潜んでいるのではないかと危惧し、それまで一緒にいて、前記タクシーで帰宅しようとしていた被告人Bを呼び戻し、ピュアパレス二階のベランダから自室内に人影が見えないことを確認してもらった上で自室内に立ち入ったところ、潜んでいたD(当時二六歳)から、突然催涙スプレーを噴射され、特殊警棒で殴られて襲いかかられたため、持っていたハンティングナイフ(平成一〇年押第一三一号の3と同種のナイフ)を振り回したりしながら右襲撃に応戦し、ピュアパレス一階玄関出入り口付近まで逃げてきた。折から、同所付近に来ていた被告人Bは、Dの攻撃を制止しようとして被告人AとDとの間に割って入ったが、Dから催涙スプレーを噴射され、特殊警棒で殴打されたりした。

そこで、被告人両名は、共謀して、被告人両名の身体の安全を防衛するため、Dに対し、右防衛に必要な程度を越えて、被告人Bは折りたたみ式ナイフ(前同押号の4と同種のナイフ)で、被告人Aは前記ナイフで、それぞれDの胸部付近を突き刺すなどの暴行を加えた。その結果、Dに左側胸部刺創等の傷害を負わせ、同日午前三時ころ、東京都文京区千駄木〈番地略〉日本医科大学付属病院において、同人を左側胸部刺創による心臓及び左肺の損傷により死亡させた。(平成九年一〇月三日付け起訴第一の事実)

第二  被告人Aは、中華人民共和国の国籍を有する外国人であるところ、有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで、平成六年一二月二〇日ころ、中華人民共和国から船で兵庫県神戸市所在の神戸港に上陸して、不法に本邦に入った。(平成九年一一月一八日付け追起訴事実)

第三  被告人Bは、中華人民共和国の国籍を有する外国人であるところ、平成二年九月八日、同国政府発行の旅券を所持し、千葉県成田市所在の新東京国際空港に上陸して本邦に入ったが在留期間は平成四年三月八日までであったのに、同日までに右在留期間の更新又は変更を受けないで本邦から出国せず、平成九年九月一二日まで東京都内等に居住して、在留期間を経過して不法に本邦に残留した。(平成九年一〇月三日付け起訴第二の事実)

(証拠)〈省略〉

(第一の事実に関する弁護人の主張に対する判断等)

一  正当防衛、過剰防衛の主張等

第一の事実(以下この事実を「本件」ということがある。)では、死亡したDの全面胸部に、致命傷となった左側胸部刺創(以下「D1の傷」ともいう。)と軽傷の前胸部左半刺切創(以下「D2の傷」ともいう。)があり(甲五等)、右両傷は被告人両名が本件当時所持していた前記ナイフの双方又はいずれかによって形成されたことは証拠上明らかである。問題は、特にD1の傷を形成したことについて被告人両名が刑事責任を負うかである。

被告人Aの弁護人は、被告人両名間に暴行又は障害の共謀はなく、被告人AはDに対し前記ナイフを振り回して暴行を加えただけで、D1の傷を生じさせていないから、被告人Aの行為(仮にDに対する傷害行為があった場合も含めて)は正当防衛であって、被告人Aは無罪であると主張する。

被告人Bの弁護人は、被告人両名間に少なくともDに対する暴行の共謀があり、D1の傷を形成したことについて被告人両名が刑事責任を負うべきことを認めた上で、被告人両名の行為は過剰防衛に該当すると主張する。

他方、検察官は、急迫不正の侵害、防衛の意思は認められず、正当防衛にも過剰防衛にも該当しないと主張する。

そして、裁判所は、前記のように被告人両名の行為は過剰防衛に該当すると認定したので、関係証拠を総合して、関連する点も含めて必要な限度で以下説明する。

二  Dの侵害の急迫性

1  被告人Aは、平成七年二月ころCと知り合って一時同棲していたが、被告人Aと別れたCが平成八年一〇月ころからDと同棲するようになったことで、被告人AとDはCを巡って対立するようになり、被告人AがCらの居室から物を盗んだり、それを知ったDが逆に被告人Aの居室を襲ったりした。その後、被告人Aは、平成九年六月ころから、再びCと前記ピュアパレス〈部屋番号略〉で同棲するようになったが、Dとの関係は好転せず、CがDとの交際を断って被告人Aと同棲を再開したことやDとCとの同棲関係解消に絡む金銭関係を巡って暴力沙汰を伴う対立関係が続いていた。

被告人Bは、被告人Aの知り合いで、一時Cに好意を抱いたこともあったが、Dとも面識があって、Cとの交際を諦めるように忠告したりしていた。

被告人両名は、Dとの接触を通じて、Dが催涙スプレー、特殊警棒等を所持していることに気付いていた。(本件記録七冊五二、一三〇、一六九、一八七丁等。以下丁数のみの記載は同冊のものである。)。

2  被告人AとCは、本件直前の平成九年七月一一日、ピュアパレスを出たところでDの待ち伏せに気付き、その場から逃げ出した。そして、被告人Aの携帯電話で応援を頼まれて駆け付けた被告人Bは、Dに殴りかかられて、殴り合いの喧嘩となった。その後、被告人両名が落ち合った際、被告人Aは、Dとの抗争に備えて刃物を買おうと言い、被告人Bを伴って前記ナイフ二本を購入した。被告人Aは、折たたみ式ナイフを被告人Bに渡すことにして、被告人Bがいつも持ち歩いているセカンドバッグに入れた。

3  翌一二日、被告人両名とCは、友人と横浜のカジノバーへ出かけ、翌一三日の午前二時九分ころ、タクシーでピュアパレスまで戻り、被告人AとCが下車した。しかし、被告人Aは、自室の前記状態を不審に思い、Dが潜んでいるのではないかと危惧し、既に走りだしていた右タクシー内にいた被告人Bを呼び戻して、自室内の様子を確認するよう頼んだ(なお、前記の危惧は、被告人Aがタクシーに被告人Bを呼びにいったときに「福建人(Dの趣旨である。)がいるかもしれない」と言っていること(一六八丁)や、被告人Aの右呼び戻し行動に照らして認定でき、これを否定する被告人Aの供述(一三二、一五六等)は信用できない。)

二階のベランダに登って被告人Aの自室の様子を見た被告人Bから異常がない旨告げられた被告人Aは、Cと共に自室に帰るべくピュアパレスの階段を上がったが、その途中で万一の場合に備え、Cのバッグに入れていたハンティングナイフを出させて右手に持った。自室内に入ると室内に人の足が見えたので、被告人Aは、「リリー(Cのこと)、早く逃げて。」と叫んだ。その瞬間、Dに催涙スプレーをかけられ、特殊警棒で手や頭を殴られた被告人Aは、右ナイフを振り回すなどして応戦し、ピュアパレス一階出入り口付近まで逃げたが、その間もDから背中を殴られる等の暴行を受けた。

一方、被告人Bは、被告人Aの声を聞き、ベランダから降りたところ、被告人Aが「助けて、助けて」と言いながらピュアパレスの出入り口から走り出て来たので、すぐさまピュアパレスの中に入り、被告人Aを追って階段を降りて来ていたDに対し「あなたはどういうつもりですか。」などと言った。Dは、いきなり催涙スプレーを被告人Bの顔にかけ、特殊警棒で二回程頭を殴りつけた。そのため、被告人Bは、一旦ピュアパレス外の通路部分に出て、折たたみ式ナイフを取り出して右手に持ち、Dの攻撃から頭を守るため上着を脱いで左腕に巻いた。被告人Aは、前記出入り口付近に戻って、ハンティングナイフを振り回してDが外に出られないようにしていた。被告人Bもその場に行き、Dに対し、「まだやる、まだやる」などと言って、折りたたみ式ナイフを突きつけたところ、Dが催涙スプレーを噴射し、特殊警棒で殴ってきた。被告人Bは、折りたたみ式ナイフでDの胸部付近を突き刺し、被告人Aも、その左横から、ハンティングナイフでDの胸部付近を突き刺した(被告人Aの突き刺し行為については後にさらに説明する。)。

4  催涙スプレーは、目に入ると目を強烈に刺激し、涙が止まらず、吸い込むと激しく咳き込む状態を引き起こす性能を有し(甲二六)、被告人両名とも、Dの噴射によって目に痛みを感じ、良好な視野を確保できない状態に陥った。

また、特殊警棒は警棒に相応した硬度があり、重さが約三八〇グラム、棒の太い部分が約二・六センチメートル(以下「センチ」と略記する。)、細い部分が約一・二センチの三段式で伸縮が可能であり、二、三段目の棒を一段目の棒に収納した短い状態で約一五・八センチ、棒を全部伸ばした状態で約三八・八センチあり(甲六二)、警棒を振ることで簡単に棒を伸ばすことができ、被告人両名に対する前記攻撃の際は棒を全部伸ばした状態であったと認められる(九〇丁等)。このことは、Dの前記攻撃態様や被告人両名の後記受傷状況からも裏付けられる。もっとも、特殊警棒は本件直後路上に倒れていたDのすぐ近くに短い状態で落ちていたのを発見されており(甲二写真3番等)、本件後にDが短くしたとは考えにくいが、同警棒は尾部に打撃を加えると伸びた状態から短い状態となることは当裁判所に顕著な事実であるから、路上へ落下した際の衝撃等何らかの原因で短い状態となったものと推認される。

Dの前記攻撃で、被告人Aは右前頭部挫創、右手背打撲・挫創の、被告人Bは頭部打撲のいずれも全治一〇日前後の傷害をそれぞれ受けた(甲二七、二八等)。

5  以上によれば、被告人Aは、Dと前記の対立関係にあって、Dが催涙スプレー、特殊警棒を持っていることを知っており、また、本件直前にも自宅付近でDの待ち伏せに遭い、新たに前記ナイフ二本を購入して自ら一本持参していたから、近い将来にDから催涙スプレー、特殊警棒をも使用した攻撃を受ける可能性を予期していたとは言える。しかし、本件当時は、バカラ賭博をして深夜に帰宅しようとしていたのであって、被告人Aの自室に侵入した上での前記のような攻撃をDから受けるとの具体的な予期まではなかったといえる。右の点は、被告人Bには、被告人A以上にいうことができる。なお、被告人Aは、前記のような自室の状態からDが潜んでいるのではないかと危惧したが、その後被告人Bの観察によって一応右の危惧は否定されていたから、自室に入る際にナイフを手にしていたことを考慮しても、右認定は影響されない。

したがって、被告人Aらの留守中に違法に被告人Aの自室に侵入した上でのDの前記攻撃は、被告人両名に対する急迫不正な侵害に当たると認められる。

三  被告人両名の防衛の意思

被告人両名は突然で一方的なDの前記攻撃を受けて前記傷害を負い、特に被告人Bの頭部からの出血は多く、前記特殊警棒の形状からしても、Dの攻撃の激しさが窺われるから、被告人両名の前記各突き刺し行為も、右攻撃に対する防衛の意思によったものとみることができる。そして、Dに対する被告人両名の主な加害行為が前記の程度に留まっていること、被告人Aが当初自室から階下へ逃げたこと、被告人Bが本件でDと最初に対面した際は、ナイフも手にせずに声でDの攻撃を制止しようとしたことなどは、被告人両名に右意思があったことを裏付けている。また、被告人両名は現場から逃走することは可能であったが、Dは被告人Aの自室の不法侵入者であるから、Dを排除しない限り被告人Aは帰宅すらできないのであって、しかも、Dは潜んでいて突然攻撃を加えてきたのであって、そのようなDと冷静に話し合う余地もなかったとみられるから、被告人両名がDの攻撃に応戦して突き刺し行為に出たことは、防衛の意思の存在と矛盾するものではない。

他方、被告人両名は、前記のようにDと対立関係にあって、暴力沙汰になったこともあり、Dから催涙スプレー、特殊警棒をも使用した攻撃を受けることがあり得ることを予期していて、Dから前記攻撃を受けたことに立腹したとみられるから、被告人両名がDへの加害行為に出た際には、Dに対する報復の意思もあったとみることができる。被告人両名が本件直後に関係者に対し本件を「喧嘩」と言ったり、報復の気持ちがあったことを話したりし、捜査階段でも同旨の供述をしていること、被告人両名の攻撃を受け、徒歩で現場から離れつつあったDを追いかけて背後から、被告人Bが足蹴りし、被告人Aも前記ナイフで切りつけたこと(ただし、本件起訴に含まれていない。)などは、右意思の存在を裏付けている。

そうすると、前記各突き刺し行為に出た当時、被告人両名には防衛の意思と報復の意思とが併存していたとみられるが、Dの攻撃も依然続いていたから、専ら、報復の意思によって前記突き刺し行為に出たとするには合理的疑いが残る。したがって、疑わしきは被告人に有利にの原則に従い、右各行為は防衛の意思によるものと認定する。

もっとも、Dが「止めてくれ、止めてくれ。」(「プタラ、プタラ。」)などと抗争を止める旨の提言をしたことが窺われ、右発言の存否及び時期に関して被告人両名の供述に食い違いがある(一一一、一八三、二一〇丁等)が、それが仮に被告人両名の前記突き刺し行為前であっても、その後もDの攻撃は突き刺し行為は続いていたことになるから、右認定に影響するものではない。

四  防衛行為の相当性

防衛行為の相当性の判断に当たっては、被告人両名の被侵害利益の内容、被告人両名の行為が共謀によるものか否かが前提となるが、前記のように被告人Aが前記突き刺し行為に出たか否かが密接に関連しているので、この点から順次説明する。

1  D1の傷の成傷器等

証人支倉逸人の公判証言及び鑑定書(甲五)によれば、D1の傷は、左前腋窩線の直下一九センチの部に上下二・三センチ、前後一・一センチの開口部があり、上創角は鋭、下創角は鈍で、幅〇・五センチの赤褐色表皮剥奪を伴っている。創洞は、全体として後下方から前上方に向かい、左胸腔内に刺し入って心臓左心室内に止まっていて、全長約一六・五センチである。

他方、被告人Aが持っていたハンティングナイフは刃体の長さが約一四・八センチであり、被告人Bが持っていた折りたたみ式ナイフは刃体の長さが約九・九センチである(甲一二)。

以上の形状からは、D1の傷の成傷器はハンティングナイフがより良く適合しているが、折りたたみ式ナイフでも成傷可能である。しかし、折りたたみ式ナイフの場合は、柄の手前の方を持って、柄の部分まで深く差し込むといったかなり特殊な方法で刺さないと成傷可能とならないところ、被告人Bは、右ナイフと同形のナイフを本国でも使用した経験があって、当時と同様に、柄を握って刃の背に親指をかけて折りたたみ式ナイフを使用した、換言すれば、前記の特殊な方法では使用しなかった旨を述べていて、そのことを疑問とすべき事情は窺われない。しかも、D1の開口部の傷の形状は、折りたたみ式ナイフによって形成されたとは通常みられないものである(三一、三二丁等)。

以上によれば、D1の傷の成傷器は被告人Aが使用したハンティングナイフであると認められる。

他方、D2の傷の成傷器は、その傷自体から特定できることを示す証拠はないが、被告人Bの供述から窺われる突き刺し行為の部位、態様に照らすと、被告人Bが持っていた折りたたみ式ナイフによって生じたものと認めるのが相当である。

致命傷となったD1の傷の重篤度からすると、右傷を負ったDは急速に行動能力を失うとみられるところ、被告人両名の供述から窺われるDの行動状況に照らすと、DがD1の傷を負ったのは、ピュアパレスの出入り口付近で被告人両名がDに対し各人のナイフで攻撃したときと認めるのが相当である。

また、被告人Bの供述によれば、Dに対して被告人Bがナイフで攻撃した後に被告人Aがナイフで攻撃したことになるが、この供述は攻撃順序がD2、D1の両傷の成傷順序を合理的に説明し、両傷の成傷器を付合するものであるから信用できる。しかし、ピュアパレスの出入り口付近で被告人AがDに対し二回ナイフで攻撃したとする点は、被告人Bの供述自体、右攻撃の時期、態様に微妙な変還もみられる上(六三、一〇二、一〇四、一〇五、二一九丁等、乙一三(五五項)、一四(一十項)、一八(二二項)、二一(八項、ただし、被告人Bについて。)等)、被告人AがDを刺したことを明確に裏付ける傷はD1の傷一つであることからすると、少なくとも一回の攻撃がなされたとの限度で信用するに留めるのが相当である。

他方、被告人Aの弁護人は、被告人AとDとの位置関係から、D1の傷を成傷したのは被告人Bであると主張する。しかし、D1の傷を負っていない段階のDの行動能力はさほど減殺されていなかったと考えられるから、Dの所在位置、体位等に変化の可能性もあるし、被告人AがDを刺す態様もある程度の幅があるから、右弁護人の主張は、前期認定に影響を及ぼすものではない。

また、被告人Aはピュアパレスの一回へ降りた後は、ハンティングナイフをバツ(×)を描くように振り回しただけで、Dを刺した記憶はないなどと供述する。しかし、この供述は、D1の成傷器と矛盾する上、C及び被告人Aの友人である汐俊は、被告人Aが、本件でDを刺したことを認める発言を本件後にしていたと一致して供述していて(三、八丁、甲一五等)、この供述の信用性を疑うべき事情は窺われず、しかも同旨の被告人Bの供述もあり(三九、一八二、一八五丁等)、加えて、被告人A自身仮定的な形ながら、刺したとすればDの腰ないし腹部右側であったことを認める供述をしていること(一五二、一五四、二〇二丁等)などに照らすと、到底信用できない。

2  被告人両名の傷害の共謀の成否

本件は、Dの突然の前記攻撃を受けて逃げてきた被告人Aと同人を助けようとした被告人Bとが、各自のナイフで、Dの身体の枢要部である胸部を突き刺した事案であり、被告人両名はDの攻撃に応戦するという共通の目的を持ち、被告人Bは、被告人がピュアパレス出入り口付近でDにナイフを振り回しているのを認識した上で右突き刺し行為に出たこと、被告人Aは、自分の背後で被告人Bがナイフを手にしたことを現認できていないが、Dに関連した当日までの被告人両名の行動、心理状態、特に前記のように近接した時期に被告人Bに前記ナイフを渡していて、直前にも被告人BがDの攻撃から被告人Aを庇う行動に出たことを認識していたから、被告人Bがナイフによる右突き刺し行為に出ることを十分予期できたとみられ、しかも、被告人Bの右突き刺し行為の直前に自らも前記突き刺し行為に出ていることからすると、遅くとも、被告人Bが右突き刺し行為に出る時点までには、被告人両名の間にDに対する傷害の黙示の共謀が成立していたものと認められる。

他方、これを否定する被告人Aの弁護人の主張は、被告人Aがナイフによる右突き刺し行為に出ていないことを前提としている点で、既に失当である。

3  被告人両名の被侵害利益の内容、防衛行為の相当性

被告人両名は、Dから催涙スプレーを噴射されて目に痛みを感じ、良好な視野を確保できない状態に陥り、また、特殊警棒で頭部等を殴られて、前記傷害を負ったりしたから、Dの急迫不正な侵害によって身体の安全が害されていたことは明らかである。しかし、Dの攻撃の程度や被告人両名の応戦の状況に照らすと、殊に、被告人両名が前記の共謀をしてナイフによる防衛行為に出る段階では、防衛行為を正当化するような生命に対する侵害はなかったと認めるのが相当である。

被告人両名の防衛行為の内容は、前記のように被告人両名が近接した場所にいて、それぞれ持っていた鋭利なナイフで、対峙していたDの身体の枢要部である胸部を突き刺しているから、Dが死亡する結果が生じたのも、通常生じ得ない事態といえないのは明らかである。そして、被告人両名が右防衛行為に出た時点では、Dに比べ被告人側が二対一と人的にも優勢になった上、凶器の性状も、特殊警棒も相当程度の攻撃力を有するとはいえ、一撃でも致命傷を与え得るナイフの殺傷能力の方が勝っている。

他方、Dの侵害行為は前記の態様のものであって、いまだ被告人両名の身体の安全を害する程度に留まっていた。

そうすると、被告人両名の右防衛行為は、防衛行為としての相当性の程度を越えたものといえ、また、右行為によってDは死亡しているから、法益の点でも相当性の範囲を越えているといえる。

したがって、被告人両名の行為は、正当防衛に該当せず、過剰防衛に該当する。仮に、ピュアパレス出入り口付近でのDに対する被告人Aの突き刺し行為の回数が二回であったとしても、それだけでは、右結論は影響されない。

五  関係証拠の評価

本件は傷害致死の事案で被害者が死亡していて、いわゆる死人に口なしの状態にあり、しかも、犯行全体を直接体験、認識している者は被告人両名以外にない。このような状況では、被告人両名が口裏を合わせるなどして自分達に有利な虚偽の説明をすることがあり得、現に、被告人ら関係者の間で、口裏合わせが行なわれたことも証拠上明らかである。したがって、被告人両名の供述の信用性は、慎重に判断する必要がある。

しかし、Dから被告人両名が催涙スプレーを噴射され、特殊警棒で殴られたことについては、客観的証拠(甲二七、二八、五二、六四、六五等)で裏付けられており、その前後の状況等についても関係者の供述で一部裏付けられている(三、四、一一丁、甲八、九、一四、ないし一六(ただし甲一四、一六は被告人Aについては不同意部分を除く。)等)。また、被告人ら関係者の間で行なわれた口裏合わせの内容は捜査を通じて明らかになっていて、それ以外の供述部分の信用性を疑うべき状況は窺われない。そうすると、被告人両名の供述は、その全てが信用できないといったものでないことは明らかである。

そして、被告人両名の供述の間に齟齬する部分があるが、被告人Bの供述は、Dを自分で刺したこと、逃げるDに足蹴りしたことなど自己に不利な事情についても捜査段階から一貫して素直に認めていること、供述が変還している部分についても被告人A等との関係で真実を述べられなかったなどとその理由を説明していることなどを考慮すると、大筋において信用することができるので、これまで述べた事実については、被告人Bの公判供述を中心に他の関係証拠も総合して認定した。

(適用法令)

被告人A及び被告人Bの第一の各行為はいずれも刑法六〇条、二〇五条に、被告人Aの第二の行為は平成九年法律第四二号による改正前の出入国管理及び難民認定法七〇条一号、三条一項に、被告人Bの第三の行為は右法律第四二号による改正後の出入国管理及び難民認定法七〇条五号にそれぞれ該当する。第二及び第三の各罪についてはいずれも所定刑中懲役刑を選択する。被告人Aについて第一と第二の各罪及び被告人Bについて第一と第三の各罪は、それぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、いずれも同法四七条本文、一〇条により重い第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人Aを懲役四年六か月に、被告人Bを懲役三年にそれぞれ処する。同法二一条を適用して未決勾留日数中、被告人Aに対し一五〇日を、被告人Bに対し二〇〇日をそれぞれその刑に算入する。訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人両名に負担させない。

(量刑事情)

一  本件は、被害者から、催涙スプレーを噴射され、特殊警棒で頭部等を殴打された被告人両名が、共謀の上、過剰防衛として被害者をナイフで刺して死亡させた傷害致死の事案並びに被告人Aの不法入国、被告人Bの不法残留の事案である。

被告人両名の量刑上重要な傷害致死の事案では、被害者に突然襲われて右暴行を受けたとはいえ、被害者からの攻撃に備えて予め購入して携帯していた、殺傷能力の高いナイフを用いて、被告人両名で被害者の身体の枢要部を突き刺すなどしており、犯行態様は危険かつ悪質である。

防衛の意思だけでなく報復の意思も持って右犯行に出ているが、報復の動機部分に酌むべき点はない。

被害者は二六歳の若さで突然生命を断たれており、その無念さは察するに余りあり、生じた結果も重大である。しかも、被害者の遺族に対して何らの慰謝の措置もとられておらず、被告人らの資力等からみて、将来なされる見込みも乏しい。加えて、被告人両名は右犯行後約二か月にわたり逃亡しており、犯行後の情状も悪い。

深夜住宅密集地で生じた凶行が付近住民に与えた衝撃も軽視できない。

他方、右犯行は過剰防衛に該当すること、被害者が被告人Aの自室に侵入した上で、帰宅して来た被告人Aに暴行を加えたことが右犯行の発端となっており、被害者にも責任の一端があることなどの事情もある。

そして、次に述べる事情を考慮しても、被告人両名の刑の減軽をするのは相当でない。

二  個別的事情を被告人両名Aについてみると、右犯行の背景には、Cを巡る被告人Aと被害者との間の確執があり、被告人Aにとっては、全くの偶発的な犯行とは言い切れない側面がある。そして、ナイフの購入を提案して購入し、被告人Bにもその携帯を勧めたばかりか、右犯行直前にタクシーで帰宅しようとしていた被告人Bを呼び戻して右犯行に巻き込んだ結果となっており、犯行に至る経緯においても被告人Bより犯情が悪い。しかも、右犯行で被害者に致命傷を負わせながら、そのことを否認しているから、被害者Bに比べてもその刑事責任は重い。

また、不法入国の犯行は、複数人を介して行なわれた組織性のある犯行であって、しかも被告人B自身密航に多額の現金を支出するなど積極的に犯している。その後長期間にわたって本邦に滞在しており、犯行後の行状も悪い。

他方、我が国での前科はないこと、被告人Aなりの反省の情を示す部分もあること等の事情もある。

三  被告人Bは、被告人Aに勧められたとはいえ、殺傷性の高いナイフを携帯して、被害者に当たることを認識しながら右ナイフを大きく振って負傷させており、致命傷を負わせていないとはいえ、危険性の高い行為に出ていて、犯行態様が悪い。

また、不法残留も約五年の長期にわたるものであって、その犯情は軽視できない。

したがって、被告人Bの刑事責任は被告人Aに劣るとはいえ、相当に重い。

そうすると、被告人Bの刑の執行猶予を求める弁護人の主張は採用できない。

他方、被告人Bは、前記のように被告人Aに呼び戻されたことから前記傷害致死の犯行に至ったもので、偶発性があること、我が国での前科はないこと、捜査段階から右犯行を自供するなど反省の情を示していること、被告人Bの両親や日本での就労先の雇い主が寛大な措置を望んでいること、弁護人も、検察官の請求証拠に全て同意するなどして早期審理を希望していたこと等の事情もある。

なお、不法残留については、本件傷害致死事件前の平成九年六月に東京入国管理局に自ら申告して帰国を予定していたが、その後前記逃亡生活を送っていて、少なくとも、自らの意思で逃亡を開始したことは被告人Bも認めているから、この間の不法残留の犯情が著しく軽いとまではみられない。

四  よって、被告人両名に対しては、主文の刑を科して未決勾留日数も主文の程度算入するのが相当である。

(裁判長裁判官 植村立郎 裁判官 野口佳子 裁判官 江口和伸)

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